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金沢地方裁判所 平成5年(ワ)761号 判決

主文

一  被告は、原告甲野太郎に対して金三〇〇万円、同甲野春子、同甲野夏子に対して各金一二五万円並びに右各金員につき平成四年九月七日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告らの、その一を被告のそれぞれ負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

(原告ら)

一 被告は、原告甲野太郎に対して金四四五〇万円、同甲野春子、同甲野夏子に対して各金二〇二五万円並びに右各金員につき平成四年九月七日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二 訴訟費用は被告の負担とする。

三 仮執行宣言

(被告)

一 原告らの請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  事案の概要

本件は、原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)の妻であり、原告甲野春子及び同甲野夏子の母である甲野花子(以下「花子」という。)が呼吸の乱れ及び意識障害などの症状があったため、被告が設置・経営する丁原病院(以下「本件病院」という。)において、診察を受けて入院し、入院の翌日に急性肺塞栓症による呼吸不全で死亡したところ、これは被告の本件病院に勤務する医師らの過失又は診療契約上の債務不履行(以下これを単に「過失」という。)によって花子の病状についての診断及び治療が遅れたことによるものであるとして、花子の相続人である原告らが、被告に対して不法行為(使用者責任)又は診療契約上の債務不履行を原因として、損害賠償を請求した事案である。

一  前提となる事実(括弧内に証拠を引用した部分を除き争いがない。)

1 当事者等

原告太郎は、花子の夫、原告甲野春子及び同甲野夏子は、いずれも花子の子である。被告は、本件病院を設置・経営し、本件病院に水毛生直則(以下「水毛生医師」という。)を医師として勤務させていた。本件病院は、診療科目が一四科あり、医師二八名を擁し、救急指定を受けている総合病院である。

花子は、昭和三四年生まれで、本件病院に看護婦として勤務していた。

2 花子の入院に至る経緯

(一) 発症時の状況

平成四年九月六日午前六時四〇分ころ(以下日時の記載において平成四年を省略する)、花子は寝床で息が荒くなって苦しんでいた。これに原告太郎が気付いて呼びかけたところ、はっきりした返事がなく、発語は不明瞭で、流涎、舌のもつれ及び吐き気があり、意識障害に陥っていた。

花子の意識状態が回復したため、原告太郎は、自家用車で花子を本件病院に連れて行った。

(二) 宿直医による診察

同日午前七時二〇分ころから、花子は本件病院において、宿直医の折戸医師の診察を受けた。折戸医師が問診したところ、全身冷汗があり、顔色不良で、胸の苦しさと吐き気を訴えていたが、チアノーゼ、喘鳴はなく、血圧、脈拍、呼吸数、体温の計測値に異常な数値は見当たらなかった。

折戸医師は、胸部及び腹部レントゲン写真撮影、心電図測定、入院時血液生化学検査等を指示し、血管確保のための持続点滴をし、対症療法として、吐き気止め剤を静脈注射した。レントゲン写真及び心電図に特別な所見は認めなかった。

右診察を経て、花子は本件病院に入院した。入院に伴い、花子と被告との間で、入院当時の症状に対する診察及び治療を目的とする医療契約が締結された。

入院後、本件病院看護婦らにより、ショック症状の改善を初期の目標に設定した看護が行われた。

3 入院後の経過

(一) 九月六日の午後零時三〇分ころまでの水毛生医師による診療状況及び花子の容態

当日は日曜日であり、同日午前八時五四分ころから、日直医で本件病院の内科部長であった水毛生医師が前記折戸医師からの引継ぎを受けた上、主治医となって花子の診察を行ったところ、血圧は八二から五四、心拍数毎分八八回で整、意識レベル[1]-1(JCS)、口頭指示に応ずるが発語少なく、体動は激しく、瞳孔左右差はなく、対光反射に異常なく、頚部硬直はなく、胸部ラ音及び心雑音を聴取せず、頻呼吸であるがそれほど努力様ではなく、上腹部に軽度の圧痛を認めたが腸雑音は正常であり、四肢に浮腫はなく、腱反射正常、バビンスキー反射マイナス、ワルテンベルグ反射左手プラス、口唇チアノーゼなしであり、胸部・腹部レントゲン写真及び心電図を確認したが特別な所見を認めなかった。

水毛生医師は、右診察結果から、病名の特定は困難と感じたが、意識障害が前景にあり、吐き気と胸の苦しさを訴えているという症状から、脳炎や脳梗塞などの中枢神経系の疾患、心筋炎などの心臓疾患、呼吸器系の疾患を疑い、頭部レントゲン写真撮影及び頭部CTスキャン撮影を指示し、特に中枢神経系の疾患のおそれを考慮して、入院時に通常行われる検査のほかに翌日頭部MRI検査を実施することとして、当面経過観察とした。

午前九時四〇分ころ、血圧は七〇から五〇で、唾液様のものを少量吐いた。

午前九時五〇分ころ、頭部レントゲン撮影及び頭部CTスキャン撮影を実施したが、異常所見を認めなかった。このころ吐き気は軽減するが、痰の絡んだ咳きが出て、全身の脱力感があり、ときどき息苦しいとの訴があった。

午前一〇時三〇分ころ、血圧は八〇から四〇で、息苦しさのためか体位をしきりと変えた。顔色不良だが、四肢冷感はなかった。

午前一一時五〇分ころ、水毛生医師が問診し、花子は胸部の不快感及び呼吸困難感を訴えていた。

午後零時三〇分ころから、水毛生医師が回診した。血圧は上が八二で下は不明で、意識は清明だが、吐き気と呼吸困難感は続いていて、胸部痛、圧迫感があった。胆汁様のものを嘔吐してから息苦しさは軽減した。医師の指示で心電図を撮った。動脈血ガス分析の結果は、pH七・三八七、酸素ガス分圧六七・一、炭酸ガス分圧三二・一であり、酸素ガス分圧及び炭酸ガス分圧がいずれも標準値より低かった。医師の指示により呼吸心拍監視装置(モニター)を装着すると共に酸素吸入を開始した。看護婦の問いかけにうなづいたり首を振って答えるのみで声を発しなかった。制吐剤プリンペランを投与した。

(二) 九月六日午後一時以降午後一一時ころまでの診療経過及び花子の容態

午後二時三〇分ころ、吐き気はなくなり、自覚症状は軽減してきている様子であった。モニター上の心拍数は、毎分一〇四から九〇回。目を開けて看護婦の質問にうなづいて答えていた。

午後三時ころ、花子は症状が軽減し楽になったといい、口の渇きを訴え飲み物を欲しがった。医師の許可があり、看護婦は吐き気に気を付けながら水を飲むように話した。血圧は、上が七〇で下は不明。

午後三時三〇分ころ、医師の指示により心電図を撮った。花子は楽になったと言い、朝方は呼吸困難感があり声を出そうとしても出なかったと言った。吐き気はなく、意識は清明で、頭が重い感じがあった。血圧は八二から五四。水毛生医師は、特定の疾患を確定的に疑うには至っていなかったが、意識障害と吐き気がある症状から脳炎等の脳疾患を疑い右疾患による脳圧亢進によるリスクを重視して、脳圧亢進を抑制する効果のある薬剤グリセオールを投与した。グリセオールの投与はその後中止された。

午後四時三〇分ころ、水毛生医師が回診した。顔色不良気味だがしっかりとした口調で話した。呼吸は安定し、血圧は上が八二で下は不明。

午後五時三〇分ころ、血圧は八八から六〇であった。

午後六時三〇分ころ、顔色不良気味だが、安静に眠っていた。

午後七時ころ、吐き気及び呼吸苦なく、看護婦の問いかけに眠気がしているとしっかりと答えた。安静呼吸で心拍数は毎分一〇〇回前後で安定し、状態は少し安定しているが、血圧は引き続き低めであった。

午後七時三〇分ころ、水毛生医師は、花子の状態を安定し小康状態にあると判断して、準夜勤の看護婦に経過観察の指示事項を伝え、宿直医であった当時の内科医長の村本医師に申し送りして帰宅した。

午後九時ころ、血圧は八八から六八、心拍数は毎分一〇〇台の数値、顔色少し不良、呼吸は安静であった。

午後九時一五分ころ、ナースコールのブザーが鳴り、準夜勤の看護婦が駆け付けたところ、花子はベッドの横の柵にもたれかかって長座位の体勢で、呼吸をしていない様子であった。口唇はほとんど白く、四肢冷感と発汗があった。看護婦が名前を呼んで頬をたたくなどしたら、大きな息をし、浅く速い努力様呼吸をした。話しかけるとうなずくのみでほとんど発声しなかった。尿失禁していた。血圧は七四から六八で、触聴の際の脈拍が弱かった。しばらくすると呼吸は安静になった。看護婦は点滴の速度を速め、足を高くした体位にさせ、着替えをさせた。

午後九時四〇分ころ、右着替えの後再度吐き気や不快感があった。看護婦が背中をさするなどしていたら、不快感は五分ほどで収まり、脈拍も強くなった。看護婦はこの後午前零時まで約一五分おきに花子の様子を見に行った。花子は不快感のせいか体をたびたび動かしていた。

(三) 九月七日午前零時ころ以降の診療経過等

九月七日午前零時ころ、花子は、花子の様子を見回りに来ていた看護婦の手を突然強く引っ張り、「苦しい。」と訴えた。心拍数は、急激に六〇台まで下降したが、短時間で一一〇台にもどった。血圧は七四から六八であった。看護婦は、危険な状態と判断して、主治医の水毛生医師に電話で報告して、来院を求めた。水毛生医師は、承諾すると共に昇圧剤の注射を指示した。

午前零時四〇分ころ、水毛生医師は、看護婦に電話で当直医の村本医師の診察を受けさせるように指示した。

午前零時四五分ころ、村本医師の診察中に、全身硬直性痙攣があり、一時的に呼吸停止し、意識低下が生じたが、まもなく回復した。

午前一時ころ、動脈血ガス分析の結果は、pH七・三五一、酸素ガス分圧五九、炭酸ガス分圧二七であった。原告太郎に連絡をした。

午前一時二〇分ころ、水毛生医師が来院し診察した。最高血圧七〇代で、昇圧剤を投与し、酸素吸入供給を増量した。顔色不良で四肢冷感及び呼吸困難感があった。水毛生医師は、低酸素血症の悪化が見られたため、村本医師とも協議して肺塞栓症と疑診し、循環器医師の源医師の来院を要請し、原告太郎に肺塞栓症の疑いと話した。

午前二時三〇分ころ、源医師が来院し診察に加わった。最高血圧は、七〇ないし六〇で、動脈血ガス分析の結果は、pH七・三七三、酸素ガス分圧八五・七、炭酸ガス分圧三〇であった。水毛生、村本、源医師が協議し、肺塞栓症を疑診し、酸素供給を増量すると共に抗凝固剤ヘパリン及び血栓溶解剤グルドパの投与を開始した。症状の落ち着きを待って肺シンチグラフィー検査を実施することとし、レントゲン技師二名、検査技師二名、臨床工学士一名を緊急召集した。

午前三時一五分ころ、肺シンチ検査を実施した結果、右上肺に三分の一、左上下肺に各三分の一の血流欠損が見られ、肺塞栓症と確定診断された。

午前三時二五分ころ、右検査中に全身硬直があり、危篤状態となった。以後、肺塞栓症に対する加療と心臓マッサージ等の蘇生術が行われたが、午前九時一〇分に心臓停止し、花子は死亡した。

花子の死因は、急性肺塞栓症による呼吸不全を原因とする多臓器不全であった。

二  当事者の主張

(原告ら)

1 水毛生医師の過失

(一) 病名診断の懈怠

水毛生医師は、九月六日午前七時二〇分の初診時から午後零時三〇分すぎころまでに得られた、意識障害があったこと、呼吸に障害があったこと、ショック状態に陥っていたこと、血圧が低めに推移していること、胸部レントゲン写真に肺のガス交換に障害が生じていることを疑わせる肺動脈の肥大が認められること、心電図に異常な傾向が現れていたこと、動脈血ガス分析の結果に低酸素血症と低炭酸ガス血症が同時に現れていること、及び、当初疑っていた脳疾患は頭部CTスキャン検査の結果否定されたことなどの診療情報を総合して、肺塞栓症を含む肺循環障害を疑い、FDP検査を実施し、さらに肺シンチ検査を行うなどして、花子の病態が肺塞栓症であることを診断すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠り、肺塞栓症を十分疑った対応をせずに、漫然と経過観察とするに留めた過失がある。

被告の本件病院は金沢市内にある国・公立の病院と並ぶ地域の中核的な病院として設備面・人的な面で最先端を行く病院であり又救急指定病院とされており、それなりの救急患者に対応できる技術と能力を有している病院である。そして水毛生医師は、その病院の内科部長として内科の患者を全部責任を持って見る立場の医師である上、水毛生医師は、本件以前に、本件疾患である肺塞栓症の診察経験を四例有し、右疾患について専門医ともいうべき知見を有していた医師であるから、右のような注意義務を課すにつき何ら問題はなく、同医師の過失は明らかである。

(二) 治療の懈怠

水毛生医師は、前記のとおり花子の病態が肺塞栓症であることを診断した上、速やかに血栓溶解剤及び抗凝固剤の投与などの治療を実施すべき注意義務があったにもかかわらず、これを九月七日未明まで行わなかった過失がある。

2 担当看護婦の報告義務の懈怠

花子が入院していた病棟の担当看護婦は、花子が九月六日午後九時一五分ころ、呼吸が一時停止するなど重篤な容態にあり、これをナースコールにより駆け付けて知ったのであるから、直ちに宿直医ないし主治医に報告して対応を求めるべき注意義務があったにもかかわらずこれを行わなかった過失がある。

3 因果関係

(一) 水毛生医師の過失と花子の死亡との因果関係

水毛生医師が前記1の(一)及び(二)記載の注意義務を果たして、速やかに前記1の(二)記載の治療を行えば、花子の九月六日午後九時ころに発生した新たな血栓の塞栓に伴った発作は十分防止でき、花子を本件死亡から救うことが十分可能であった。したがって、同医師の前記1記載の過失と花子の本件死亡との間には因果関係がある。

(二) 担当看護婦の過失と花子の死亡との因果関係

担当看護婦が前記2記載の注意義務を果たして、宿直医ないし主治医が直ちに対応していれば、花子を本件死亡から救うことができた。したがって、担当看護婦の右過失と花子の死亡との間には因果関係がある。

4 損害

花子の死亡による損害は次のとおりである。

(一) 逸失利益 金六一〇〇万円

(二) 慰謝料 金二〇〇〇万円

(三) 弁護士費用 金四〇〇万円(原告太郎につき)

なお、原告らは、右(一)及び(二)の損害賠償請求権を法定相続分に従い原告太郎がその二分の一を原告甲野春子及び同夏子がそれぞれ四分の一を相続した。

(被告)

1 水毛生医師の過失

(一) 診断の遅れについて

肺塞栓症は、特異的所見に乏しく実践医療の場において、診断が困難とされている疾患であり、本件においても、九月七日午前三時過ぎころに実施した肺シンチ検査により、肺に血流欠損が確認されるまで、確定診断をすることは、この疾患の専門医でない水毛生医師にとって、当時の医療水準からいって困難であって期待できない。したがって、水毛生医師に診断が遅れた過失はない。

水毛生医師に本件疾患についての診察例が四例あったという経験のみから、同医師を本件疾患の専門医ということはできないのみならず、右診察例は、いずれも、高齢など本件疾患の背景因子とされる基礎疾患等のある患者であって、右診察経験は、右のような基礎疾患等を有しない花子について診断するに当たっては、むしろマイナスに作用した面もあるというべきであって、水毛生医師の右経験からその注意義務を一般的な医療水準以上に加重することによって、その過失を基礎付けることは不当である。

(二) 治療の遅れについて

肺塞栓症であるとの診断が可能であったのは、前記の時刻ころであるから、それにやや先立ち肺塞栓症を疑って、血栓溶解剤及び抗凝固剤の投与を開始していた水毛生ら被告医師に治療の実施が遅れた過失はない。

2 担当看護婦の過失

過失とする点については争う。

3 因果関係

ショック症状を伴う急性肺塞栓症の予後は一般的に悪いとされており、被告医師らによって、遅滞なく治療が行われたとしても、花子を救命できた可能性は低く、治療の遅れと花子の本件死亡の結果との間には因果関係はない。

4 損害

争う。

三  本件の争点等

本件における争点は、<1>本件病院の担当医師に原告主張にかかる診断及び治療が遅れた過失があったか否か、<2>右治療の遅れと死亡の結果との間に因果関係が存在するか否か、<3>本件病院の担当看護婦に容態の急変に際しての報告義務違反等の過失があったか否か、<4>右各過失と死亡の結果との間に因果関係が存在するか否か、及び、<5>損害の額である。

第三  争点に対する判断

一  担当医師の診断及び治療が遅れた過失の有無について

1 九月六日午後一時ころにおける水毛生医師の対応について

九月六日午後一時ころまでに、水毛生医師が接し得た花子の病状に関する診療情報のうち、動脈血ガス分析の結果が低酸素血症及び低炭酸ガス血症の状態を示していること並びに胸部レントゲン写真撮影を実施したが異常な所見が見られなかったことから、肺塞栓症を含む肺循環障害を疑うことは十分可能であったと認められる。

これに、花子は、呼吸の乱れ、意識障害及びショックを含む症状により来院して入院したこと、入院後の血圧は、花子が元来血圧が低めであったにしても、通常では考えにくいほど低い最高血圧七〇程度の値を出すなど低めで推移していたこと、及び、頭部CTスキャン撮影に異常な所見が見られなかったことにより脳疾患の疑いは弱まったと見るべきことを考え併せれば、主治医であった水毛生医師は、肺塞栓症を含む肺循環障害の疾患を疑うべきであり、右疾患の予後の一般的危険性の重大さ、及び、花子は既に九月六日早朝にショック状態を呈していたこと(この早期の症状は、自宅におけるもので、尿量の計測等ショックの医学的判定に通常要求される検査結果に乏しいが、被告病院ではショック症状が存在するとの認識で対処していたこと並びに本件病院における九月七日午前零時四五分ころ及び午前三時二五分ころの二回のショック症状を踏まえた上で水毛生医師が右症状をもショック症状であると原告太郎に説明していることから、ショック状態であったと推認される。)をも考慮すれば、同日午後一時ころの時点で右諸疾患を疑ったうえで確定診断に至るためのさらなる検査を行うべきであったと認められる。

なお、被告は、以上の点につき、医師市瀬裕一作成の鑑定依頼に対する回答(以下「市瀬意見書」という。)を援用するなどして、<1>本件血液ガス分析の結果などから死の危険の切迫した肺塞栓症を疑うことは専門医でない水毛生医師には当時の医療水準上期待できないことはもとより、肺塞栓症を含む重大な肺疾患との疑いをもつことも期待できない、<2>仮に肺塞栓症を含む重要な肺疾患を疑ったとしても、その段階では、多数の肺疾患の疑いがあるのであるから、そのなかで肺塞栓症に絞り込んで確定診断に必要な検査を行うことは当時の医療水準に照らして非専門医である水毛生医師に要求できないところ、鑑定人栗山喬之の鑑定の結果及び同証人の証言は、右絞り込みのプロセスの具体的可能性を説明していないとして、前記鑑定人の鑑定の結果及び証言内容を批判しつつ、診断の遅れた過失はないと主張するので、以下被告の右主張に対する判断を示す。

まず、本件の鑑定人兼証人である栗山喬之(千葉大学医学部教授)は、その鑑定の結果及び証言において、血液ガス分析の結果等から直ちに肺塞栓症を疑うべきであるとしているのではなく、肺塞栓症を含む肺循環障害を疑うべきであるとしているのであって、市瀬意見書はこれ自体を否定するものではないことから、前記<1>前段の批判は意味のあるものではない。また、同後段の批判については、水毛生医師が、本件に至るまでに、地域において有数の病床数を有する救急指定病院である本件病院において内科医として約一〇年勤務して当時内科部長の職に既に五年あり、右経歴の過程で本件疾患である肺塞栓症の診察経験が四例あり、本件においても花子の生存中に確定診断を下し、それにやや先立ち有効適切な治療を現実に開始している上、九月六日午後一時ころの段階で多くの疾患の疑いが持たれると認識していたがその中には肺塞栓症も入っていたと自認していることに照らせば、同医師を本件疾患についての専門医というべきか否かはともかく、その経歴及び当時の役職から、いわば必然的に本件疾患について一般の医療水準以上の高い知見及び現実の診療能力を有していた医師であるというべきであって、しかも、本件病院が地域で有数の救急指定病院であること及び本件疾患の急性肺塞栓症が内科的治療を必要とする短期間の死亡率が高い危険な疾患であることに照らせば、本件病院の内科部長という役職は、本件疾患についての臨床的知見を相当程度高く有することが期待される地位であるということができるのであるから、そのような医師にその能力を基準とした注意義務が課せられているとすることは、患者の救命のために医療の実践の場での合理的範囲内で最善の努力を尽くすことが一般的に要請される診療行為の性質上、何ら不当ではなく、したがって、被告の右主張は理由がなく、前記認定判断を左右しない。

次に、被告の前記<2>の主張についての判断を示す。

前記第二の一の3記載の本件診療経過によれば、主治医の水毛生医師は、九月七日午前一時二〇分ころ、看護婦から要請を承けて来院して診察に当たり、動脈血ガス分析の結果が低酸素及び低炭酸ガス血症の程度がより高くなったことを示していたことを除けば、九月六日午後一時ころまでに接し得た診療情報に加えて、何ら新たに肺塞栓症の特異的所見に接した形跡がなく、基本的には相対的に深刻な症状が出来したに留まるのに、村本医師と協議して肺塞栓症の疑いを強め、深夜であったにもかかわらず、循環器医師の源医師の来院を要請し、源医師を加えた医師三名で協議して五名の技師らを緊急召集して、九月七日午前三時一五分ころには肺シンチ検査を実施し、肺塞栓症の確定診断に至っているのであって、しかも、水毛生医師らは、右の確定診断に至るより若干先立つ同日午前二時台後半には、血栓溶解剤等の薬物投与を開始しているところ、右薬物投与は、出血傾向の増大等の無視できない副作用を伴うものであり、種々の禁忌条件もあるがその不該当を確認するための検査を追加実施した形跡等もないことから、水毛生医師は、少なくとも確定診断より前に相当高度な肺塞栓症の疑いを持つとともに、肺塞栓症が高度の死亡率を有する危険な疾患であること及びその救命に当たっては一刻を争う早期治療開始が求められることを十分認識していたものと認められる。

右の経過に示されている水毛生医師らの診断能力及び本件病院の人的物的体制の水準の高さに照らせば、花子に通常肺塞栓症の背景因子といわれる基礎疾患等がなかったというこの疾患を診断する際にやや障害となりうる事情を考慮しても(肺塞栓症において、高血圧症、肥満、高齢などの基礎疾患等が背景因子といわれるが、本件当時容易に参照し得た甲三号証などの医学成書においても、背景因子がある例が多い旨指摘されているものの、背景因子がない例がとりたてて稀であるとはされていないし、本件診療経過において水毛生医師が花子の生存中に肺塞栓症の診断を下していることからすると、花子に背景因子が見当たらなかったことは、水毛生医師において、その疑いを若干弱める方向に作用した可能性はうかがわれるにしても、診断を下すに当たっての有力な障害とはならなかったと認められる。)、なお、本件病院において、九月六日午後一時ころから、さらなる検査を行い、より早期に確定診断に至ることに何ら障害はなかったことが優に認められ、鑑定人栗山喬之も右経過を踏まえて、より早い時期の鑑別診断が十分可能であったとしているのであるから、前記<2>の批判も失当である。

また、被告は、本件疾病である肺塞栓症については、医療水準上診断が困難なものとされ、必ずしも現実の医療において十分な診察が行われない傾向があることを強調し、そのような医療の現状に照らせば、本件病院の医師らは、専門医ではないにもかかわらず、水準以上の診察をしているのであるから、その医療行為を過失とすることは不当であるとも主張するが、この点については、既に判示したとおり、本件においては、水毛生医師が実際に有していた診療能力を前提にその過失の成否を論じるべきであるし、担当医師のみならず検査技師等についても同様に考えるべきであるから、右の被告の主張は失当である。

したがって、水毛生医師には、主治医として、花子について九月六日午後一時ころの時点で、肺塞栓症を含む肺循環障害の疾患を疑って、確定診断に至るためにさらに検査を行うべき注意義務があったにもかかわらず、これを行わなかった過失があったと認められる。

2 肺塞栓症との診断が可能であった時期について

前記のように肺塞栓症を含む肺循環障害の疾患を疑って、九月六日午後一時ころから、確定診断に至るためにさらに検査を行った場合、前記の本件診療経過に照らして、鑑別検査のための追加検査を選択して実施するのに約三時間、確定診断のための肺シンチグラフィー検査にさらに約三時間を要するとみるべきであるから、午後七時ころまでには肺塞栓症との確定診断に至ることが期待されると認められる。

3 肺塞栓症との確定診断後に採られるべき治療について

急性の肺塞栓症に対する治療としては、抗凝固療法と血栓溶解法の併用が有力とされるから、抗凝固剤ヘパリン及び血栓溶解剤グルドパを投与した本件病院において最終的に採られた治療法自体は基本的に妥当なものと認められる。

問題はその時期であって、前記2のとおり、九月六日午後七時ころには、病名の診断が可能であり診断すべきであったと認められるから、そのころこのような治療を開始すべきであったというべきである。そして、本件病院においては、これが九月七日午前二時三〇分以降に初めて行われたのであるから、本件病院の花子の主治医である水毛生医師に約七時間治療開始が遅れた過失があったというべきである。

二  担当医師の診断及び治療の遅れと死亡との間の因果関係の有無について

前記一認定の主治医の診断及び治療の遅れた過失と花子の死亡との間の因果関係を検討する。

この点については、本件において採られるべき治療法によって救命が可能であったか否かについて判断する必要がある。

急性肺塞栓症について抗凝固法と血栓溶解法の併用による薬物療法が行われた場合、本件において使用された血栓溶解剤グルドパと広い意味では同種のt-PA血栓溶解剤の投与試験(症例数三三例)において、七〇パーセント以上の改善率が認められたとの報告例があり(乙三五、栗山喬之証人)、また、本件で使用された血栓溶解剤であるグルドパについては、心筋梗塞においてであるが投与後一時間の再開通率を六九パーセントとする治験結果等が報告されているのであってその効果もほぼ同等であると考えられることから、右試験については、試験であることからその性質上一定の条件を充たす症例のみが対象となるのであって、その条件設定を無視した一般化はできないにしても、その薬効による全般的改善率は、急性の肺塞栓症患者全体を対象とした場合は、相当に高いものと認められる。

しかし、前記乙三五号証の投与試験では、血栓塞栓の大きさ別、重症度別の各層別による改善度の有意差はないとの報告もされているものの(乙三五)、他方、発症時にショック状態になっている重篤な患者については、予後不良とされるのが一般的な知見であり、右治療による救命例も報告されている一方で、右治療の実施にかかわらず、ショック状態から回復することなく死亡した症例、ショック状態からいったん回復しながら、新たな塞栓を再発して死亡した症例などが報告されており、これらのことを考慮すると、ショック症状を伴うような重篤な患者については、右治療を施した場合であっても、その救命率は必ずしも高いとはいえない。

また、急性肺塞栓症の治療においては、急性期の循環管理と血栓溶解法による治療が必要であるが、救命のためには発作の再発予防が重要であり、そのためには、早期の治療開始が特に強く求められるのであって、治療開始が遅れた場合には、致死率が高くなることが指摘されている。結局、急性肺塞栓症、とりわけ、発症時既にショック状態になっている重篤な患者を救命できるか否かは、塞栓子の大きさと陳旧性、閉塞の範囲(塞栓子の数量)、閉塞の程度(血流遮断の程度)、基礎疾患の有無、肺梗塞などの合併症の有無と程度、右室不全など続発性の有無と程度、先天的な凝固阻止因子の欠乏の有無など個別的要因によって大きく左右されるほか、救命可能な症例の場合でも、早期に治療が開始されたか否かによって、救命率は大きく左右されるものであることが認められる。

以上を前提として、本件の花子の救命可能性について検討する。

本件の花子の場合、九月六日午前六時四〇分ころの発症時にショック状態にあり、入院時には意識を回復し、入院後は自覚症状が軽減して状態がやや安定してきていたが、同日午後九時一五分ころに病態が急変して、重い症状が現れ、そのころ、新たな塞栓が発生した可能性が高く、その後翌七日午前零時四五分ころ、再びショック状態に陥り、同日午前二時三八分ころから、ヘパリンとグルドパの投与が開始されているが、午前三時二五分ころ、全身硬直の発作があってショック状態に陥り危篤状態となり、以後、右治療の継続と心臓マッサージ等の蘇生術が施行されたものの、午前九時一〇分に心臓停止して死亡するに至るという経過を辿っており、右午前三時二五分ころの病態の変化は、ショック症状を伴うものとしては三度目、九月六日午後九時一五分ころの病態の急変を合わせれば四度目の発作と理解されるものである。

前記鑑定人栗山喬之は、その鑑定の結果及び証言において、九月六日午後七時ころから、抗凝固法と血栓溶解法の併用による薬物療法が開始されていたならば、午後九時一五分ころに新たに発生した塞栓を予防できた可能性があり、救命できた可能性は十分にあるとの意見を述べているが、他方で、花子には、通常肺塞栓症の背景因子とされる基礎疾患がなく、年も若く肥満もないことから、肺塞栓症の発症した原因としては、先天的な凝固阻止因子の欠乏が存在した可能性も考えられ、先天的な凝固阻止因子の欠乏があった場合には、その欠乏する因子を補充しながら、ヘパリンなどの薬剤を投与する必要があり、その補充をしないで、ヘパリンなどの薬剤を投与しても、治療は有効でないところ、かかる先天的凝固阻止因子の欠乏を早期に診断することは困難であって、花子に先天的凝固阻止因子の欠乏があった場合には、治療が困難であった可能性を指摘しているほか、九月七日午前二時三八分ころから薬剤の投与が開始されたにもかかわらず、改善することなく、死亡に至った理由については、薬剤の投与が時期的に遅れたため、薬剤の効果を発揮できなかった可能性のほか、そもそも血栓以外の塞栓子であったため血栓溶解法の効果がなかった可能性も、非常にまれではあるが否定できず、また、血栓の発生原因としては一般に深部静脈血栓症などが考えられるところ、血栓溶解法においては肺動脈を閉塞している血栓を溶解するばかりでなく、深部静脈になお血栓が残っていれば、それが溶解して血流に乗って運ばれてくることにより、肺動脈を再び閉塞することもあり、それが九月七日午前三時二五分ころの発作につながった可能性なども考えられ、そのいずれであったかの判定は非常に困難であると述べている。

これに対し、前記市瀬意見書は、本症例の場合、塞栓子が血栓であったとすると、九月六日午後九時一五分ころの再度の発作がなければ、無治療でも軽快した可能性があるほか、九月六日午後七時ころまでに抗凝固法と血栓溶解法の併用による薬物療法が開始されていたとすると、早期治療は発作の再発を予防する効果があることから、九月六日午後九時一五分ころの二度目の発作を予防できた可能性もあるものの、早期治療をしても、発作が再発して死亡した症例もあるなど、血栓の大きさ、数量、陳旧性によって薬物療法の効果の程度は大きく左右されることから、二度目の発作を予防できたと断定することはおよそ困難であり、特に、ショックを伴う重篤な症例の場合は、救命率が低く、本件において救命できたということは困難であるとする。右市瀬医師が経験した二一例の急性肺血栓塞栓症患者のうち、薬物療法による治療をした一九例を見ると、ショックを伴った症例が七例あり、うち三例は右治療により一旦救命できたが、最終的には、二例が救命され、残る一例は後に再塞栓を生じて死亡しているところ、右は統計的数値としては、全体数が少なく、これによって一般的に救命率の高低を論ずることは困難であり、また、ショックを伴う症例であっても、発症時からの症状の推移、治療開始の時期、治療開始時点におけるショック状態存続の有無(花子は発症時のショック状態からはいったんは回復しつつあった。)、基礎疾患の有無などに違いがあれば、治療の効果も大きく異なってくると考えられ、ショックを伴う症例であることのみをとらえて、その救命可能性を一律に論じることはできないと考えられるところである。

以上を総合すると、本件において、花子に九月六日午後七時ころから抗凝固法と血栓溶解法の併用による薬物療法が行われたと想定した場合、午後九時一五分の二度目の発作発生まで二時間ほどの時間的余裕があることから、その時点での発作の発生を予防又は軽減でき、救命できた可能性は、ある程度あったと考えられるとしても、右療法は、塞栓子である血栓を溶解しこれを血流で押し流すことによって肺動脈の閉塞部を開通させるもので、即効的に血栓の全部をなくすものではなく、かえって塞栓を再発させる場合もあること、花子には先天的な凝固阻止因子の欠乏があった可能性も否定できないこと、花子は発症時既にショック状態にあり、その後少しずつ改善しつつあったとはいえ、なお血圧が低めに推移し、発症から約一五時間後に二度目の発作を、約一八時間後と約二一時間後にショック症状を伴う三度目及び四度目の発作を起こし、発症から二七時間ほどで死亡するに至っているものであって、その肺塞栓症の程度は重篤で、かつ、突然死に近い状態で極めて短時間のうちに数度の発作を繰返して症状が悪化し、死亡するに至っていることなどからすれば、花子を救命し得たか否かについては、ある程度の救命可能性があったとはいえても、救命し得た蓋然性があるとまでは認められず、結局、前記一認定の本件過失と花子の死亡の結果との間に因果関係を認めることはできないというべきである。

三  担当看護婦の報告義務違反について

前記二記載のとおり、九月六日午後七時ころから肺塞栓症に対する治療が行われたとしても、救命し得た蓋然性が認められない以上、それ以後である同日午後九時ころの担当看護婦が花子の容態の急変について直ちに医師に報告しなかったことが仮に過失というべきであるとしても、右過失と本件花子の死亡の結果発生との間に因果関係が認められないことは明らかである。

四  担当医師の過失による救命期待権の侵害について

重篤な症状により病院に入院した患者は、診療契約の内容として、適切な診察及び治療を求めることができるが、その中には、死亡率が高く救命が比較的困難とされる場合であっても、救命についてある程度の期待がもたれ臨床医学上有用とされる治療方法がある以上、その時点の医療水準に照らして最も適切とされる治療を受けることによって救命を期待する権利すなわち救命期待権が含まれると解される。

本件においては、前記のとおり、被告病院担当医師の過失により、本件疾病である急性肺塞栓症に対して医学上有効とされる凝固阻止療法及び血栓溶解療法が実施された時期が数時間遅れ、そのため、花子は、より早期に右療法を受けることによって期待しえたある程度の救命可能性を喪失したものと認められ、したがって、被告は花子に対し、その救命期待権を侵害した不法行為(使用者責任)による精神的損害の賠償義務を負うものというべきである。

ところで、原告らは、その主張において、明示的には、花子の死亡による損害の賠償のみを求めており、右のような救命期待権の侵害による損害を具体的に主張して賠償を求めることはしていないのであるが、救命期待利益の侵害による慰謝料は、その救命可能性が蓋然的とまでいえる程度に高まった場合には死亡による慰謝料とされるものであって、その性質上、死亡による慰謝料の請求に内包されうるものと理解できるから、原告らの右のような主張、請求を前提とした上でもなお、当裁判所は、右に判示した救命期待権の侵害に基づく慰謝料について、判断しうるものと解される。

なお、前記三記載の看護婦が報告をしなかったことについては、その時刻を考慮すると、救命可能性に対する影響は仮にあったとしても軽微なものに過ぎないと推認されるから、右救命期待権の侵害に関してはこれを考慮する必要を認めない。

五  損害について

前記の救命期待権の侵害に基づく慰謝料の額については、問題となった医療機関の過失の程度、適切な療法を受けた場合に期待される救命可能性の程度、死亡した患者の年齢、身上関係などを総合的に考慮して、算定すべきものと解されるところ、本件においては、被告病院医師の過失の程度は、決して杜撰といえるほど大きなものではないというべきであるが、軽視できない程度のものであり、期待しえた救命可能性の程度は、決して乏しいものではなく、ある程度の可能性であったというべきであり、花子は当時三三歳と年齢は比較的若年であり、配偶者及び未成年の娘二人がいたことなどの事情があり、これらを考慮すると、その慰謝料としては金五〇〇万円を相当とする。

次に、本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らすと、本件不法行為と相当因果関係に立つ損害として賠償を求めうる弁護士費用は、金五〇万円を相当とする。

右損害のうち、慰謝料については、原告太郎が二分の一、原告甲野春子及び同甲野夏子がそれぞれ各四分の一を相続により取得し、弁護士費用相当額については原告太郎が有するものである。

原告が本訴において主張するその余の損害は、すべて、花子の死亡による損害であるから、前記のとおり被告病院医師らの過失行為と花子の死亡との因果関係が認められない本件においては、これらの損害についての賠償を求める点は理由がない。

第四  結論

以上の次第で、原告らの請求は、原告太郎につき金三〇〇万円、原告甲野春子及び同夏子につき各金一二五万円、並びに右各金員に対する不法行為のあった日の翌日である平成四年九月七日以降支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、また、訴訟費用の負担については諸般の事情により主文記載の割合による負担を相当とし、右金員の支払いを命ずる部分につき仮執行の宣言を付することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 田近年則 裁判官 柳本つとむ)

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